うつと社会復帰 高校時代うつになりもう4年になります。 どうにかして

うつと社会復帰 高校時代うつになりもう4年になります。
どうにかして生きていかなくてはならないと思い
お世話になった方に憧れこの一年看護と理学療法の学校を目指して勉強していました。
ところが一次(学科試験)が通っても二次試験でバシバシ落とされ、
どこも受かりませんでした。
面接も小論文もそこそこだったのに
何が悪かったのかな…、とよく調べてみると
看護も理学療法もうつが欠格事項にあたることがわかりました。
看護師の方や先生、たくさんの方に相談しても
一度も言われたことがなかったので
欠格事項なんて考えもしませんでした。
自分の浅はかさに情けなくて涙が止まらないです。
母はもっと楽に生きてほしいと言います。
しばらくとりあえず大学や専門学校に行って
楽しい学校生活というのをやってみたらどうか、と。
絵や子どもが好きなら
美大は難しくても
イラストなどの専門学校や保育士の資格がとれる学校に行ったらどうかと。
しかし私はもう20歳です。
うつで年も周りの新卒より実質三浪。
そんな保育士雇ってくれるところなんてないよ、
絵で生きていくなんてもっと現実的じゃないよ、
絵が私くらいに描ける人なんてクラスに一人はいるんだから…。
身にならない勉強をするために学費を払ってもらうなんてできないです。
いい歳して親に迷惑かけて
いつまでも布団に包まっているなんて
考えただけで発狂しそうです。
ゴキブリ以下です。
ゴキブリだって自分でエサ探して生きてるのに
私は何にもしてない。
生きていても死んでも迷惑…。
この一年は一応受験という目標がありました。
それもなくなってしまい
頭が真っ白です。
どうしたら親に迷惑かけずに生きていけるでしょうか。
とりあえずバイトや
家がアパート経営をしているので
宅建の勉強を始めてみようかな…と思っていますが
宅建だけで自立できるとも思えず悩んでいます。



世間体が悪いので会社は倒産したということにしてありますが・・・。私は某ホームセンターの園芸部門の店員でした。ところがその会社には底意地の悪いおばさん(A)がいて何かにつけて陰に隠れて意地悪をしてくるのです。勿論園芸だけやっていた訳ではありません。〔18のころからおしりにオデキが出来始めどうしても恥ずかしくて病院へ行けませんでした。苦肉の策で女性用の生理用ナプキンを貼っていました。ある日その汚物に精液がかけてありました。よせばいいのに正義感から探偵ごっこを始めてしまったのです。店の中ではおばさん連中が騒ぎ出して・・・犯人はすぐ店長だと解かりました。奴は便秘薬のコーラックを毎日飲んで頻繁にトイレ行っていました。ところが奴は苦し紛れに犯人は私だと言いふらしたのです。DNA鑑定すれば絶対やつのDNAが出たはずです、ところが指紋が出たというだけで犯人は私になってしまったのです。奴はそれからもそれを止めなかった。これが発端でした。量販店では配達は専門の者がいて我々店員は店に居なければならなかった。お店にお客さんがやって来てテレビが壊れた子供が泣いているから今すぐ配達してくれ、そうすれば買うと言うのです。店長はsyoujyu今から配達行って来いと命令する。配達から帰ってくると、部長から延々と怒鳴られる。それは苦情処理で出ても、修理で出てもそうでした。毎日毎日そうでした。徹底して苛めに合いました。組み立て家具の部門も持っていました。チラシの準備でカラーBOXを作っているとAがガムテープ持って来て目の前で紙の部分に貼り勢いよく剥がす。当然カラーBOXは不良品の山、それを、管理が悪いと部長に電話する。Aはにじり寄ってきて「いいか誰にも判らないように首にしてやるから覚悟しな」やがて限界が来てAと喧嘩になりました。それが原因で支店に左遷され、部長はいいかお前は何にもしなくていいから其処に一日中立っていろ。それが仕事でした。ボーナスの支給日に私の明細は0でした。辞表を出しに行くと辞表は受け取らないというのです。職安に失業保険の手続できなくて、半年後公園で自殺未遂してしまいました。人の話だけが一人歩きしてしまい気が付いたときにはどうしようもない意地悪野朗にされていたのです。今の会社でもその時の尾を引いています。その時の精神的ショックで安定剤飲んでいました。ちなみにAは事務員を同じような手口で精神病院へ入院させてしまいました。その母親はダンプに飛び込んで自殺しました。その店長は私が辞める時こう言ったのです「俺とお前は能力の差は無い俺は口が上手いだけだって・・・せせら笑っていました。ホームセンターはもう倒産しました。〕
これは嘘のような現実です。汚名を着せられウツと戦いながら生きて来ました。生きて行く為、女房と子供の為、人には話せない仕事(犯罪者ではない)をしています。
冤罪とは普通にあるのです。
去年宅建を取りました。希望は捨てていません。
時間にもお金にも余裕はありませんが園芸が好きで今でも時間を作ってばらをいじっています。ばらが芽吹いてくると命を感じるのです。一鉢一鉢が大事なんです。人もそうですあなたを必要とする人はいます。皆生きているのですよ。自分の生存の意義は一生かかって見つければいいのですよ。生きることです力強く。頑張って下さい。
◆あくまでも私の経験談としてお読みください。
私もうつ病でした。高校もろくに行きもせず、お情けで卒業。大学に進学したものの、留年を繰返し、結局退学しました。もちろんまともに正社員として就職したこともありません。
親の期待を裏切りまくりです。
長い間、服薬治療をしながら家でごろごろしてました。
毎日毎日、死ぬことばかり考えました。死ぬ勇気すらない自分がイヤでたまりませんでした。
あなたさまはもう20歳って言われますが、私が働き始めたのは、30近くになってからです。ゴキブリ以下ですね・笑。
気付いたらとっくに30を越えてて、幸い、状態も少し落ち着いたし、ふと、今まで夢だった、けれど自分には到底無理だと思っていた看護師への道を目指してみようと思いたちました。
死ぬ前に、やってみようと。
半年間、働きながら勉強しました。勉強が不得意というわけではないので、受験した看護学校すべての一次試験には合格しましたが、二次試験でもちろん落ちました。年齢、職歴、色々ひっかかるところがたくさんありますからね。
けれど一校だけ、合格しました。
それが、唯一、面接で自分の病気、それゆえの退学理由などを全て話した学校でした。
今は看護師になるべく学んでいます。
私も浅はかながら、うつ病が欠格事由にあたることを知りもせず入学しました。でも、絶対的欠格事由ではありません。相対的欠格事由です。諦める理由には、なりません。
親への迷惑、は何かわかりますか?
あなたが先に息を止めてしまうことだと私は思います。
今は苦しくても、願いが叶い難くても、とにかく呼吸だけはしましょう。そして、時を待って下さい。
必ず、その時はあなたに訪れますよ。
もし、まだ、医療職に興味あるなら…、
再び挑むのも悪くないと思います。
長文、失礼しました。
とりあえず、明日もお互い、無事に過ごせるといいですね♪
◆このあいだの質問のなかに、うつで大変で生活はぎりぎりだけど、資格を持っているので就職には困らないと、という方がおりました。
資格を取るまでは大変ですが、身体が動かせることについては気分転換も兼ねて、いろいろと相談に行ったり動いてもたらよいと思います。
そんな簡単ななことではすまない状況だとは思いますが、何かを始めて一歩が踏み出せます。
最初からだめだ、との決め付けも止めときましょうよ。
最初の一歩を踏み出してください。応援してます。
◆とりあえず可能性のあるものには手を出したらいかがですか。資格があったって新卒だって就職できないでいる人はごまんといる時代です。仕事を選んでいる暇があるかどうかは別として得ようと努力してみなければ始まりません。
欠格事項等は先に目を通しておくべきものです。うっかりは誰にでもあります。先に調べればもう同じ失敗はないでしょう。